中嶋嶺雄年譜
 


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中嶋嶺雄年譜

1936   5月11日、長野県松本市中央2−10−13に生まれる。市内で薬局を経営する父・中嶋高雄、母・綾子の長男(一人っ子)、市立松本幼稚園に3年通う。 2.26事件
1941     12月 真珠湾攻撃で太平洋戦争に突入
1942 6歳 4月、市立源池国民学校に入学。  
1945 9歳 8月、3年生の夏に疎開先の安曇野で終戦を迎える。それまで使っていた皇国史観の教科書を墨で塗りつぶした「墨塗り世代」。 8月、ポツダム宣言受諾の玉音放送
1946     11月、日本国憲法公布
1947 11歳 1月、小学4年のとき、松本市内に開校した松本音楽院(鈴木慎一院長)に入学してヴァイオリンを学び始める。 2月、教育基本法・学校教育法公布
1949 13歳 4月、新制市立清水中学校に入学。陸上部で県大会記録。 10月、中華人民共和国成立
1950     6月、朝鮮戦争勃発
1951     9月、サンフランシスコ講和条約、日米安保条約調印
1952 16歳 4月、県立立松本深志高校に入学。同年秋に家が倒産。家、蔵すべて人手に渡り、親子三人で松本市蟻ヶ崎に借家住まい。その混乱で数ヶ月休学。復学後も勉強の遅れに悩む。高校では外国語としてフランス語を学び、フランス文化を研究する「ゴーロア」会を主宰。社会問題、国際政治に関心を持つ。 4月、日華(台湾)平和条約、日印平和条約調印
1955 19歳 3月に深志高校卒業。東大受験に失敗し、自宅で浪人生活。失恋の傷心を登山で癒す。 4月、バンドン会議
1956 20歳 4月、東京外国語大学中国科に入学。学生運動に没頭。1年生で砂川基地反対闘争、2年で原水爆禁止運動に参加し、学友会(学生自治会)委員長となり勤評闘争、安保闘争に関わる。 10月、日ソ共同宣言調印。
12月、日本が国連に加盟
1960 24歳 3月東外大卒。卒論は河部利夫ゼミ(世界史)で「階級の論理とナショナリズム」。
4月から財団法人、世界経済研究所の研究員となる。月給3千円。主に世界経済、中国研究に従事して、国際政治研究者としての道を歩む。仕事は翻訳が中心で、中国革命の動向、スターリン批判から中ソ論争の研究を手がかりにソ連・東欧など社会主義国の分析に力を注ぐ。
秋、「60年安保闘争」で行動を共にしていた評論家、清水幾太郎を囲むグループで現代思想研究会を結成、翌春から月刊誌『現代思想』を刊行することになり、編集委員を務める。
1月、日米新安保条約調印、
6月、国会で同条約の自然承認
7月、池田内閣成立
1961 25歳 10月5日、小林洋子(愛知県豊橋市出身。奈良女子大理学部卒)と学士会館で会員制の結婚披露宴。媒酌は世界経済研の岡倉古志郎夫妻。洋子とは勤評闘争で知り合い、洋子が東京都公立中学校教諭(理科担当)となったのを機に結婚した。住まいは学生時代から住んでいた大塚の木賃アパート「登喜和(ときわ)荘」。 1月、ケネディ米大統領就任。8月、東西ベルリン封鎖
1963 27歳 4月、東京大学大学院社会学研究科国際関係論修士課程に入学。江口朴郎を指導教官とする。入学と同時に世界経済研究所は退職。収入口としてヴァイオリン教室を主宰。 11月、南ヴェトナムでクーデター、ケネディ暗殺
1964 28歳 4月、『世界の指導者たち』(合同出版社)に「毛沢東」を寄稿。
11月、書き下ろしの処女作『現代中国論』(青木書店)を出版。
同月、清水幾太郎編『現代思想事典』(講談社新書)に3項目寄稿。
10月、東京オリンピック、中国が原爆実験
1965 29歳 3月、東京大学大学院社会学研究科修士課程を修了。修士論文は「転換期中国の政治過程」。4月に博士課程に進学。
秋、東京外大から教員に採用するとの話を受ける。
2月、米軍がヴェトナム北爆を開始。
6月、日韓基本条約調印
1966 30歳 3月、東京大学大学院社会学研究科博士課程を退学し、4月東京外国語大学外国語学部助手となる。世界史、中国現代政治史を担当。
10月、監修『毛沢東語録』(いずみ書院)刊。73年に講談社文庫に。
同月、編著『中国文化大革命―その資料と分析』(弘文堂)刊。
読売新聞起動特派員になり、11月から翌年1月にかけて中国事情研究のため香港経由で中国を訪問、北京での孫文生誕百周年記念大会を見て上海に回り、文化大革命の動きを目撃、香港で「毛沢東が北京を脱出した」との情報を得る。
12月、『現代中国入門』(講談社新書)刊。
4月、中国文化大革命起こる
1967 31歳 2月6日、長男啓雄(ひろお)誕生。
4月、講師に昇任。一般教育科目の歴史学、世界史、中国現代政治史、世界史演習、同卒論ゼミを担当。4月、第3回日米民間人円卓会議に出席のため初めて米国を訪問。中国文化大革命について報告後、各地を回り、米国の文化に圧倒される。
6月、訳書『米中接近』(時事通信社)刊。
9月、香港大学歴史学部で講演。
6月、中国初の水爆実験。
8月、東南アジア諸国連合(ASEAN) 結成
1968 32歳 4月、慶応義塾大学非常勤講師を併任。現代中国論を担当。
訳書『香港―主人なき都市』(タイムライフインターナショナル)刊
7月24日、長女・科野(しなの)誕生。
8月、中嶋ゼミ初の合宿を長野県松本市郊外に建てた別荘「望岳山荘」で開催。参加者は外大生、慶応大生を含めて10数人。
秋から全国の大学で学園紛争が激しくなり、東京大、東京教育大、東京外大が全共闘の全学ストにより「重症3大学」とされる。中嶋は小川芳男学長の指名で教授会代表委員となり学生側との交渉役を務め、「団交」も何度か体験するが、事態はこう着状態が続く。
1月、東大医学部スト。大学紛争が全国に広がる
4月、米キング牧師暗殺。6月、米ロバート・ケネディ暗殺
1969 33歳 1月、東京大学は全共闘が占拠していた安田講堂に機動隊を導入して排除、入試中止を決める。外大は全共闘の反対を押し切って入試を実施、半年間休学し、秋からの授業再開を決める。
7月、訳書『毛沢東伝』(河出書房新社)刊。同書は79年に講談社文庫に。
9月から71年春まで、香港領事館に外務省の在外研究員として赴任。大学紛争のため1年間延期していたもの。
11月16日、次男・聖雄(せいお)誕生(香港の病院で)
4月、中国で毛沢東・林彪体制の発足
7月、米アポロ11号の月面着陸成功
8月、国会で大学運営臨時措置法成立。
10月以降、大学封鎖が相次いで解除
1970 34歳 共同編集『戦後資料 日中関係』(日本評論社)刊。
モスクワの国際歴史学会議で中国の動向を英語で報告。
3月、大阪万博開催。
4月、日中覚書貿易協定調印
6月、日米安保条約の自動延長。
11月、三島由紀夫が割腹自殺
1971 35歳 4月、東外大中嶋ゼミ再開。   
8月、評論集『中国をみつめてーー私の香港通信』(文芸春秋社)刊。
同月、『現代中国論』の増補版を刊行。
10月12日、次女・亜純(あずみ)誕生。
6月、沖縄返還協定調印
8月、米、ドル防衛策を発表(ドル・ショック)
10月、中華人民共和国が国連に加盟
1972 36歳 6月、訳書『米中接近』(時事通信社)刊。
7月、訳書『実践論・矛盾論』(講談社文庫)刊。
10月、論文集『中国像の検証』(中央公論社)刊。
2月、ニクソン訪中。9月、田中首相が訪中し、日中国交正常化
1973 37歳 12月、書き下ろし『現代中国と国際関係』(日本能率協会)刊。 1月、ヴェトナム和平協定調印
10月、中東戦争で石油危機
1974      
1975 39歳 1月、ソ連―モンゴルー中国を横断
6月、韓国訪問
9月、海外学術調査でマレー半島縦断
9月、天皇皇后が初の訪米
11月、初の先進国首脳会議(仏ランブイエで)
1976 40歳 5月、ウィーンでの国際シンポジウムで「中国と国連」報告。
6月、東外大「国際環境に関する基礎的研究」の総括シンポジウム。
7月、中嶋が提唱した地域研究大学院構想を外大教授会が可決。   
『毛沢東最後の挑戦』(ダイヤモンド社)刊。
1月、周恩来(1898〜)死去
7月、ロッキード事件で田中元首相逮捕
9月、毛沢東(1893〜)死去
1977 41歳 2月、評論集『逆説のアジア』(北洋社)刊。
4月、東京外大教授に昇進。
訳書『江青(上・下)』(パシフィカ社)刊。
10月から1年間、オーストラリア国立大学現代中国センターに招聘される。
9月、ヴェトナム社会主義共和国、国連に加盟
1978 42歳 4月、評論集『日本外交の選択』(東洋経済新報社)刊。
12月、書き下ろし『中ソ対立と現代』(中央公論社)刊。
8月、日中平和友好条約調印
10月、ケ小平副首相が来日
1979 43歳 編書『建国30年の中国』(自由民主党)刊。 6月、東京で先進国首脳会議
10月、韓国の朴大統領射殺事件
12月、ソ連、アフガニスタン侵攻
1980 44歳 東京大学より社会学博士の称号を授与される。
11月、編訳書『膨述之・失われた中国革命』(新評論社)刊。
11月、書き下ろし評論『新冷戦の時代』(TBSブリタニカ)刊。
9月、イラン・イラク戦争
1981 45歳 『中国現代史―壮大なる歴史のドラマ』(有斐閣)刊。
7月、記録集『日本共産党と中国共産党』解説(日中出版)刊。
8月、評論集『北京烈烈(上・下)』(筑摩書房)刊。サントリー学芸賞を受賞。
3月、米レーガン大統領狙撃事件
10月、エジプトのサダト大統領暗殺
1982 46歳 5月、書き下ろし『中国―歴史・社会・国際関係』(中公新書)刊。
11月、書き下ろし『中ソ同盟の衝撃』(光文社)刊。
7月、検定教科書の記述に中国・韓国が抗議、外交問題に
1983 9月、大韓航空機撃墜事件
11月、中国の胡耀邦総書記が来日
1984 48歳 3月、ゼミ生を中心に初のヨーロッパ研修旅行(20日間)を実施。
『日本の国家戦略―90年代のシナリオと選択』(PHP研究所)刊。
6月、論文集『文明の再鋳造を目ざす中国』刊。
同月、評論集『知識人と論壇』(東洋経済新報社)刊。
夏、講演と国際会議のためオーストラリアに約1ヶ月滞在。 
12月、評論集『現代中国の政治と戦略』(PHP研究所)刊。
9月、臨時教育審議会が発足。インドのガンジー首相暗殺
1985 49歳 3月、訪日した李登輝(当時副総統)が東京のホテルに中嶋を招き、初めて面会。 
11月、書き下ろし『10年後の中国』(第一企画出版)刊。
12月、『香港 移りゆく都市国家』(時事通信社)刊。
9月、先進国蔵相会議(プラザ合意)で円高が急速に進み。日本が世界一の債権国に。バブル経済のピークに向かう
1986 50歳 4月、C・カダールとの共著『Strategie Chinoise, ou, La mue du Dragon』刊。
日仏の代表的学者による「現代中国」共同研究の成果をフランスで出版。
6月、書き下ろし『21世紀は日本・台湾・韓国だ』(第一企画出版)刊。(88年1月に三笠書房の「知的生きかた文庫」で出版)。
同月、書き下ろし『日本人と中国人ここが大違い』(ネスコ。1990年10月に増補決定版。さらに2008年10月、再改訂版がPHP研究所から)刊。
4月、ソ連のチェルノブイリ原発事故
11月、米ソ首脳会談(レイキャビク)
1987 51歳 2月、『ゴルバチョフ・ソ連の読み方』(第一企画出版)
3月、ゼミ生ら30人以上を率いて第2回欧州研修旅行。
87年度から3年間の文部省科学研究費補助金重点領域研究「東アジアの経済的・社会的発展と近代化に関する比較研究」(略称「東アジア比較研究」の代表者)。
7月、大磯で第1回全体会議を開き、基調報告「東アジア比較研究の課題と展望」。
10月、『相手の裏を知らない経済戦争』(青春出版社)
11月9−12日、東京外大主催の国際シンポジウム「地域研究と社会諸科学」で報告論文「中国および東アジアの変動と地域研究」、のちにその全記録をまとめた『地域研究の現在』(大修館、1989)の解説を執筆。
12月、評論集『中国に呪縛される日本』(文芸春秋)刊。
3月、米、対日経済制裁措置発表。ソ連、ペレストロイカ(改革)始まる
12月、米ソ、中距離核戦力全廃条約調印
1988 52歳 9月、大磯で「東アジア比較研究」第2回全体会議。「近代化と東アジア」セッションの議長を務める。
9月、『中ソの戦略・日本の選択』(PHP研究所)刊。
6月、日米、牛肉・オレンジ交渉決着
8月、イラン・イラク戦争終結
1989 53歳 2月、編著『地域研究の現在』(大修館)刊。
3月、『地域研究と第三世界』(慶応大学地域研究センター編)に「地域研究としての現代中国学」寄稿。
5月、「アジア・オープンフォーラム」発足、6月に台北で第1回会議。以後、毎年日本と台湾で交互に会議を開くことを決める。
8−9月、ゼミ学生らと「東西ヨーロッパを比較する」海外研修旅行を実施。
8月、『中国の悲劇』(講談社)刊。
9月、大磯で「東アジア比較研究」第3回全体会議。総括を担当。
11月、ソ連、中国を訪問。
1月、昭和天皇逝去、皇太子明仁が即位。米ブッシュ大統領就任
6月、北京・天安門事件
8月、東独市民が西独へ集団脱出
10月、ハンガリー、ポーランドの民主化改革
1990 54歳 6月、亡父の俳句集を編集した『晴陽句集――人と作品』(東洋出版印刷)刊。
7月、第2回「アジア・オープンフォーラム」会議(東京)。
同月、論文集『中国革命とは何であったか』(筑摩書房)刊。
10月、評論集『歴史が求めているものは何か』(PHP研究所)刊。
11月、共著『中国を読む』(プラネット出版)刊。
同月、横浜で「儒教ルネッサンスを考える」国際シンポジウムを企画、実施。
翌年10月、その同名の記録集(大修館)を溝口雄三と編著で刊。
3月、ゴルバチョフ、初代ソ連大統領に就任
6月、日米構造協議最終決着
8月、イラク軍、クエート制圧(中東危機)
10月、東西ドイツが統一
1991 55歳 6月、監訳『中国の実験』(E・ヴォーゲル著、日本経済新聞社)刊。
7月、第3回「アジア・オープンフォーラム」会議(台北)。
秋、横浜で「漢字文化圏の歴史と未来」国際シンポジウム開催。翌年11月に同名の共編著(大修館)刊。
12月、エッセイ集『リヴォフのオペラ座』(文芸春秋社)刊。
1月、湾岸戦争始まる
4月、ゴルバチョフ大統領来日
8月、ソ連で保守派のクーデター失敗。ソ連共産党解体
9月、天皇・皇后、東南アジア3か国訪問
12月、ソ連邦消滅、ロシア連邦国誕生、エリツィンが初代大統領に
1992 56歳 1月、編著『東アジア比較研究』(学術振興会)刊。87−89年度の科研費重点研究の成果をまとめたもの。
4月、外大大学院に念願の博士課程(地域文化研究科)が発足。
4月、書き下ろし『反・革命の時代』(PHP研究所)刊。
7月と11月、第4回「アジア・オープンフォーラム」会議(京都)
9月から1年間、米カリフォルニア大サンディエゴ校(UCSD)の国際関係・太平洋研究大学院で「中国の対外政策とアジアの国際環境」を講義。
11月、編著『近現代史のなかの日本と中国』(東京書籍)刊。
12月、書き下ろし『国際関係論』(中公新書)刊。
5月、国連平和維持活動(PKO)法成立
8月、中国、韓国と国交樹立
9月、自衛隊、カンボジアに出動
10月、天皇・皇后、中国を訪問 
1993 57歳 1月、共編著『転換期としての現代世界』(国際書院)刊。
3月、長谷川慶太郎との共著『解体する中国』(東洋経済新報社)刊。
春に約1ヶ月、胆石症のため日本に一時帰国し入院、手術を受ける。
7月、書き下ろし『三つの中国』(日本経済新聞社)刊。
11月、第5回「アジア/オープンフォーラム」会議(台北)。
3月、天皇・皇后、沖縄訪問。中国国家主席に江沢民就任
6月、皇太子・雅子、結婚
8月、日本新党・細川連立内閣誕生
10月、エリツィン大統領来日
1994 58歳 4月、韓国で開催された日本・中国との3カ国大学学長会議に出席。
10月、第6回「アジア・オープンフォーラム」会議(横浜)。
6月、自民・社会・さきがけ連立の村山富市内閣誕生
7月、北朝鮮の金日成死去、息子の金正日が国家主席に
1995 59歳 4月、共著『ポスト橙少平「中国」を読む』(プレジデント社)刊。
8月、書き下ろし『中国経済が危ない』(東洋経済新報社)刊
同月、第7回「アジア・オープンフォーラム」会議(高雄)
9月、東京外大学の学長となる(任期4年)。学長としての3大課題として@大学改革Aキャンパス移転B大学創立百周年事業、を設定。
9月、共訳『中国の外交』(F・ジョワイヨー著、白水社)刊。
9月、書き下ろし『中国はこうなる! ケ小平なきあとの危険な大国の深層』(講談社)。
11月、深田祐介との共著『アジアの世紀は本当か』(PHP研究所)刊。
1月、阪神大震災。世界貿易機関(WTO)発足
3月、地下鉄サリン事件でオウム真理教の強制捜査始まる。朝鮮半島エネルギー開発機構(KEDO)発足
8月、国連世界女性会議(第4回)が北京で開催
12月、ボスニア和平協定調印
1996 60歳 3月、編著『中国現代史』(有斐閣)刊。
夏、東外大の移転計画(北区から府中市へ)が文科省に承認され、97年秋に着工。
9月、長谷川慶太郎と共著『中国危機と日本』(光文社)刊。
9−10月、東京で開催された日本・EU科学技術会議に参加。
11月、第8回「アジア・オープンフォーラム」会議(大阪)
12月、岡崎久彦との対談集『日本にアジア戦略はあるのか』(PHP研究所)刊。
3月、台湾初の総統直接選挙で李登輝が就任
9月、国連、包括的核実験禁止条約(CTBT)採択
11月、ラオス、ミャンマー、カンボジアがASEANに同時加盟
1997 61歳 3月、国立大学協会の「国立大学の在り方と使命に関する特別委員会」委員となり、大学への市場競争原理の導入、民間活力の導入を背曲的に進めるべきだと主張。2004年度からの国立大学の法人化を推進する。
4月、外大創立百周年(建学124年)記念式典。中嶋が編集責任者としてかなり執筆した「東京外国語大学史」(全4巻)を刊行。
4月、『沈みゆく香港』(日本経済新聞社)刊。
5月、『香港 移りゆく都市国家(新版)』(時事通信社)刊。
6月、書き下ろし『香港回帰』(中公新書)刊。
10月、第9回「アジア・オープンフォーラム」会議(台中)。
12月、編『変貌する現代世界を読み解く言葉』(国際書院)刊。
2月、ケ小平(1904〜)死去
6月、欧州連合(EU)、単一通貨ユーロの発行で合意
7月、香港が中国に復帰、1国2制度で
9月、日米が防衛協力の指針で合意
1998 62歳 国立大学協会副会長(〜2001)、中央教育審議会委員。
アジア太平洋大学交流機構(UMAP)初代国際事務総長(〜2006)
6月、深田祐介と共著『アジアは復活するのか』(PHP研究所)刊。
10月、監訳『中国政治経済分析』(W・ラム著、丸善)刊。
11月、クリントン米大統領、江沢民中国国家主席が来日
1999 63歳 4月、外大独立百周年(建学126年)記念式典
4月、ボンで開催された「日独学長会議」に国立大学協会の団長として出席。
6月、深田祐介との共著『アジアに未来はあるのか』(PHP研究所)刊。
11月、書き下ろし『中国・台湾・香港』(PHP新書)刊。
11月、東京で開催された「日仏高等教育シンポジウム」に参加。報告書『東アジア諸地域の社会変動に関する日仏共同研究』(1997−1999)刊。
5月、情報公開法、防衛指針(ガイドライン)法が成立
11月、初の日中韓首脳会談
12月、マカオ、中国に返還
2000 64歳 財団法人大学セミナーハウス理事長(〜2006)
6月、小森義久との共著『中国は脅威か』(PHP研究所)刊。
7月、李登輝との共著『アジアの知略』(光文社)刊。
10月29日〜11月3日、松本市で第12回「アジア・オープンフォーラム」開催。中嶋は世話人代表・事務局長。12月に同報告書刊行。 報告書『UMAP(アジア太平洋大学交流寄稿)による留学生交流の質的改善方策に関する研究』刊。
3月、ロシア大統領にプーチン就任
6月、初の南北朝鮮首脳会談(金大中・金正日)が平壌で
11月、高度情報通信(IT)基本法が成立
2001 65歳 文部科学省中央教育審議会委員(大学院部会長・外国語専門部会主査。〜2007)
3月、東外大学長として東京医科歯科大学、東京工業大学、一橋大学と4大学連     合を結成し、その後の首都圏の主要大学間の単位互換制度などの教育交流協定づくりの基礎を築いた。
5月、長谷川慶太郎との共著『威圧の中国 日本の卑屈』(ビジネス社)刊。
9月、東外大学長の任期を終え、同大名誉教授となる。
台湾から中華文化賞を授与される。
10月、エッセイ集『オンフールの波止場にて』(三修者)刊。
10月31日、東京外大最終講義。
1月、米大統領にブッシュ就任
7月、中ロ善隣友好協力条約締結
9月、米、ニューヨーク、首都で同時多発テロ事件
10月、中国・台湾がWTO加盟。米英、アフガニスタン(タリバン)を空爆し、タリバン政権崩壊
2002 66歳 3月、報告書『本田財団レポートNo.21 21世紀における中国の虚像と実像』刊。
4月、北九州市立大学大学院博士課程社会システム研究科教授。
4月、日本国際教育協会(AIEJ)の新しい「日本留学試験」が始まる(中嶋が同試験の調査研究協力者会議長としてまとめた)。
4月、小森義久との共著『覇権か、崩壊か 2008年年中国の真実』(ビジネス社)刊。
5月、『北京烈烈』(講談社現代文庫)刊。
12月、『日中友好という幻想』(PHP研究所)刊。
中華民国大綬景星勲章を授与される。
1月、欧州単一通貨ユーロが12か国で流通開始
9月、小泉首相、北朝鮮を訪問し金正日と拉致問題で協議
10月、北朝鮮、核兵器開発を認める
2003 67歳 産経新聞社の「正論大賞」を受賞。
10月、共著『今、日本の大学をどうするか』(自由国民社)刊。
3月、米英軍、イラク攻撃開始。中国国家主席に胡錦濤、首相に温家宝
6月、有事法制関連3法成立
7月、国立大学法人法成立。イラク復興支援特別措置法成立
12月、イラクの元大統領、サダム・フセインが米軍に捕まる
2004 68歳 3月、才能教育研究会の第50回グランドコンサートを東京・武道館で開催(中嶋は大会委員長)、児童生徒3000人が天皇・皇后両陛下の前でヴァイオリン演奏。
4月、公立大学法人国際教養大学の理事長・学長に就任。
5月、論文集『21世紀の大学』(論創社)刊。
8月7日から11月27日に計17回、日本経済新聞に自伝「青春の道標」を連載。
2月、陸上自衛隊、イラクのサマワに派遣(翌年8月まで)
10月、中ロが国境画定で最終合意
2005 69歳 1月、小森義久と共著『中国暴発』(ビジネス社)刊。
9月、中央教育審議会の答申「新時代の大学院教育―国際的に魅力ある大学院教育の構築に向けて―」を取りまとめる。
2月、CO2削減の京都議定書発効
3月、島根県議会が「竹島の日」条例を制定
7月、ロンドンの地下鉄、バスなどで自爆テロが同時多発
2006 70歳 安部内閣・教育再生会議有識者委員(〜2008)
5月、監訳『李登輝実録』(産経新聞出版)刊。
5月、編著『歴史の嘘を見破る』(文芸春秋社)刊。
6月、教育基本法改正に関する衆議院特別委員会で参考人として意見陳述。
12月、小森義久と共著『米中新戦争』(ビジネス社)刊。
7月、北朝鮮が日本海にミサイル7発発射
10月、北朝鮮が地下核実験を発表
2007 71歳 5月、李登輝の訪日を実現させ、芭蕉の「奥の細道」を巡り、国際教養大学で講演 4月、長崎市長、銃撃され死亡。ロシアのエリツィン前大統領死去
6月、教育改革関連法が国会で可決成立
2008 72歳 4月、新しい大学図書館が完成(没後、創立10周年記念で中嶋図書館と命名)。社団法人才能教育研究会会長(〜2013) 2月、沖縄の米海兵隊員が14歳の少女を強姦容疑で逮捕
3月、中国チベット自治区で大規模暴動が発生
2009 73歳 4月、エッセイ集『音楽は生きる力』(西村書店)刊。
10月、石平と共著『「日中対決」がなぜ必要か』(PHPパブリシング)刊。
1月、オバマ米大統領が就任
4月、北朝鮮が弾道ミサイルを発射
7月、中国新疆ウイグル自治地区で大規模暴動発生
9月、民主党に政権交代し、鳩山由紀夫が首相に就任
10月、中国が建国50周年を祝って大規模な軍事パレード
12月、オバマ米大統領が「核のない世界へ」演説でノーベル平和賞受賞
2010 74歳 編著『Andre Malraux』(国際教養大学出版)刊。
3月、書き下ろし『「全球」教育論』(西村書店)刊。
12月、編著『超大国 中国の本質』(KKベストセラーズ、ベスト新書)刊。
同月、書き下ろし『なぜ、国際教養大学で人材は育つのか』(祥伝社)刊。
5月、中国で上海万博が開幕
6月、鳩山首相が沖縄基地返還問題で引責辞任、菅直人が首相に
9月、尖閣列島沖で中国漁船が海上保安庁の巡視船に衝突
2011 75歳 1月、『世界に通用する子供の育て方』(フォレスト出版)刊。
11月、書き下ろし『日本人の教養』(朝日新聞出版)刊。
3月、東日本大震災。マグニチュード9・0の地震と津波で福島原発も事故
5月、米政府が9・11テロの首謀者、オサマ・ビンラディンの殺害を発表
8月、リビアのカダフィ政権崩壊
菅首相が辞任、野田佳彦が民主党3人目の首相に
10月、世界の人口が70億人に達す
12月、北朝鮮の金正日総書記が死去、後継に三男の金正恩が就任 
2012 76歳 4月、書下ろし『学歴革命:国際教養大学の挑戦』刊。 5月、ロシアのプーチン首相が大統領に再任
8月、韓国の李明博大統領が領有権を主張する「獨島」(竹島)に上陸
台湾政府が尖閣列島の領有権を主張
9月、日本政府が尖閣列島を国有化。中国内で大規模な反日デモ
11月、中国共産党大会で胡錦濤総書記の後任に習近平
12月、韓国大統領選で与党の女性候補、朴く恵が当選
総選挙で自民党が圧勝し、安部晋三が2度目の首相に就任
2013 77歳 2月14日、入院先の秋田赤十字病院で肺炎にため死去。3月に政府が従三位、瑞宝重光章を贈る。
3月から国際教養大学図書館で「中嶋学長の軌跡」特別展(翌年3月まで)。
5月、中嶋ゼミの会が『歴史と未来 第28号:中嶋嶺雄先生追悼特別号』を緊急出版。
5月18日、長野県松本市で「お別れの会」(才能教育研究会・県立松本深志高校        同窓会共催)
6月2日、東京のホテルオークラで「お別れの会」(中嶋ゼミ主催。800人出席)
9月、石平との共著『中国とは何か』(PHPパブリッシング)刊。
11月、秋田県文化功労者に選ばれる。
2014(平成26)年
8月、安部首相、TPP交渉への参加を表明
9月、2020年オリンピック開催地が東京に決定 
2014   4月、大学図書館に中嶋文庫を常設展示。
11月、国際教養大学10周年記念式典で中嶋初代学長を顕彰し、図書館を中嶋記念図書館と名づけ、館内に同窓会、保護者会が寄贈した胸像を置く。
2月、東京都知事の猪瀬直樹が辞職し、舛添要一が当選
3月、ロシアがクリミア自治共和国を併合し、ウクライナ危機が深刻化
9月、香港で行政長官選挙の民主化を求めるデモ
2015   4月、「中嶋嶺雄著作選集」(全8巻)刊行開始。
7月、『追想録・中嶋嶺雄の素顔』(桜美林北東アジア新書)刊
7月、米キューバ国交回復
9月、集団的自衛権の行使を認める安全保障関連法が成立
10月、日米など12か国がTPPで大筋合意
11月、パリで同時多発テロ。
12月、中国が主導するアジアインフラ投資銀行(AIIB)が発足
2016   11月、著作選集最終第8巻刊行。11月26日、完結記念シンポジウム・パーティ開催。  
2017   5月13日、中嶋ゼミの会総会(著作選集完結記念・今後の方針を協議)
「中嶋嶺雄研究会」の発足に動き出す。
 

制作:中嶋ゼミの会